
「森の彼方」という意味を持つ、緑豊かなルーマニアのトランシルヴァニア地方。
夏の間は、強い日差しが降り注ぎ、冬にはマイナス40℃にまでなる。
そこには、世界でも最も多い約110万人のジプシーが暮らしていると言われている。
トランシルヴァニアは、第一次世界大戦以前はハンガリーだった。
今でも多くのハンガリー人とルーマニア人、ジプシーの人々が暮らしていて、
それぞれの言語とカルチャー、思想が入り乱れ、さらに社会主義崩壊後、
急速な近代化が進みながらも、古く変わらないものが混在している。
トランシルヴァニアで暮らす、ジプシー多くは森で野生のキノコを採って暮らしている。
朝、馬車で森に入り、キノコを採り、それをそのまま近くの村の市場で売って、
売ったお金で食料などを買って帰る。それがあるジプシーの夏の1日だ。
ある日、わたしもジプシーと一緒にキノコ狩りに出かけた。
しかし、それはヨーロッパ唯一の未開の地、トランシルヴァニアの山の中、道などない。
ジプシーは雑木林の中を普段着に方位磁石も持たず、スタスタとキノコを探して
奥へ奥へと歩いて行く。
ほんの少しでも彼らを見失ってしまったら、右も左も分からない。
見失ったら最後、わたしは二度と帰ることなんて絶対不可能だと、
とにかく彼らについて行くのに必死で、写真など撮る余裕もなかった。
もっと体力をつけなきゃ…旅をするといつも思う。
ジプシーの子どもは遠くからでも瞬時にキノコを見つけ、食べられるものかどうか見分ける。
得意げな彼らの顔を見て、自然と共に暮らす者の強さをしみじみ感じた。
冬、マイナス40℃にまで下がると言われているトランシルヴァニアでも、
最も寒い地域で暮らすジプシーの村がある。
その村には、お年寄りが少ない。
キノコも採れず、現金収入のない寒い冬は、時としてジプシーの生命を奪ってしまう。
夏に仲良くなったおじさんもその冬に亡くなった。
十分に食べるものも無い中で、もみの木のクリスマスツリーが切なく見えた。
トランシルヴァニアの人々は、やさしく素朴な人が多い。
ジプシーは社会的に不当な扱いを受けていると言われているが、
地元で暮らすルーマニア人もハンガリー人も心のきれいな人が多いとわたしは思う。
「ここではジプシーの写真なんて、みんな興味ない」
そう言われながらも、なんとか開催に漕ぎ着けたトランシルヴァニアでの写真展。
予想に反して、たくさんの人が見に来てくれて、素直に共感してくれた。
地元の新聞も好意的に取り上げてくれて、たくさんの人が知ってくれた。
タクシーに乗るとすぐにドライバーが話しかけてくる。
「新聞を見たよ。君はジプシーの写真展をしているよね。
俺の知っているジプシーの村に連れていってあげるよ。」
と言って砂利道を突き進む。わたしが写真を撮っている間、
おじさんは一緒に連れて行ったわたし子どもの面倒を見ていてくれた。
やんちゃなジプシーの子どもに車を泥だらけにされても、笑顔で運賃を負けてくれると言う。
「連絡くれれば、いつでも迎えに来て、またジプシーの所に連れていってあげるよ。」
とは言え、日本のバスよりも安い運賃。
生活が楽ではないと想像できるだけに、純粋な優しさが心に沁みる。
わたしは、おつりは受け取らずに車を降りた。
旅をしていると、辛いことがあったり、やるせい気持ちになったりすることがある。
でも、だからこそ、人の優しさが心に沁みて、
自分が「生かされている」という実感が湧いてくる。
行ったことのない場所に行き、自分の知らなかった価値観で生きている人と触れ合うことで、
自分の世界が広がり、今まで理解できなかった社会の出来事も少しずつ
自分なりの解釈ができるようになってくる。
だから旅はやめられない。 |